第27回:エッセイ「日の丸弁当の日の出」
冷凍食品でお弁当のおかずを安くパパッと用意出来るこの時代に日の丸弁当は自分からあえて踏み込まないとお目にかかれないものな気がする。ご飯に梅干しだけ。というのは確かにお弁当としては寂しい。子供の頃に日の丸弁当は貧乏。というギャグをしている漫画もあったし学校のお弁当にあえて持っていき笑いを取っていた友達もいた。子供の頃は梅干しの魅力なんて分からなかったし梅干しだけでご飯を食べないといけない。というのは想像するだけで可哀想な印象もある中で「すっぱー」と顔で言いながらご飯をかき込む姿は何だか愛おしくて笑ってしまう気がする。
数年前に友達と居酒屋でワイワイしている時に胃腸の具合がいまいちになり、でもみんな盛り上がっているからこの場はどうにか明るく乗り切りたい。という時に藁にもすがる思いで胃腸にいいと噂の梅干しが入っているお茶漬けをこっそり頼んで食べた。「すっぱー」で気持ちが背筋を正して、うとうとしていた胃腸も起きて機能しはじめた。気がした。梅干しのおかげでこの場を楽しく乗り切る事が出来て、胃腸を照らしてくれる。まさに太陽に思えた。胃腸が梅干しという太陽を拝んでいる気がした。
それからは朝何となく胃腸の機嫌が悪いな。と思った時はお弁当のご飯の上に梅干しを乗せる事にしている。開けた時に太陽みたいに眩しくて安心する。しかし、口に入れたら「すっぱー」の顔になろうとする。この「すっぱー」を求めているのに、この顔は人に見られたくないもので、少しずつ、こっそりとポーカーフェイスで食べてしまう。たまに人がいない時を見計らって、思い切り「すっぱー」という顔をする。梅干しを食べた時は、せっかくだし「すっぱー」という顔をしたい。そこに太陽が昇る気がする。
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